お~い、みんな元気かい

道後温泉ソープランド・ブルース

 その日、突然に電話があった。携帯には、ある福原のソープの店長の名前が表示されていた。
「ごぶさたしてます。福原の×××にいた及川です」
「ひさしぶりですやん。どうしてますの」
「いろいろあって、実は今、松山にいるんです」

 いろいろあってというのは、まさにいろいろだ。三ノ宮の系列店の摘発、グループ会社の内紛、そもそも崩壊の発端は、詳しくは書けないがマスコミをも賑わせたある事件がきっかけだろう。
「松山って、愛媛ですか」
「はい、道後温泉のソープにいます」
「なんでまた道後温泉に」
「たまたま縁があって、ここの社長に拾われました」
「そうですか。いやぁ、気にはしてたんですよ。どうされてるかなって」
「ありがとうございます。実は今日、お電話させてもらったのは、もしこちらの方にまでお越しになる用事があれば、ついでに寄って頂けないかと思って」
「懐かしいな。5年ぶりくらいやろうか。及川さん、よく僕の車、洗ってくれはったもんね。けど、すんません、僕もいろいろあって、あの頃の仕事、今はもうしてないんですよ」
「そうなんですか。今は何を」
「表向きは固い仕事ですわ。中身は前とたいしてそう変わらないんですけどね。ただ、店舗型は今は関わる機会がないんですよ。もっぱらデリですわ。及川さん、デリはやられたりしませんの。デリやらはるんやったら、お手伝いできますよ」
「ありがとうございます。けど、私の場合、自分で経営するよりも、雇われ店長の方が向いてるみたいなんです」
「そうですか。もしも、やる気になったら、いつでも声をかけて下さいね。道後温泉はどうですか」
「こっちはいいですよ。昔ながらのソープの良さがまだ残ってるって感じですから。おそらくしばらくはこっちにお世話になると思います」
「なるほど。昔、四国の女と付き合ってて、松山には一度だけ行ったことがありますわ。仕事はともかく、一度行くようにしますよ」
「はい、ぜひお待ちしてます」

 実際に行く機会を作れるかはともかく、懐かしい思いだった。女も流れれば、男もまた流れるのだろう。そんな彼らが、僕は好きだったりする。ゆえに今もあの頃の業界の片隅に片足を置いているし、また、あの頃の連中から電話がかかってくることを秘かに期待してもいる。お~い、みんな元気かい。



うさぎにみるくを。

うさぎにみるくを。

デリデリブルース

 現役風俗嬢、あるいは元風俗嬢を対象としたルポやドキュメント(書籍)は少なくない。が、男についてはどうだろう。男、つまりは風俗営業の開業者や経営者。これについては、書籍などはほとんど見かけられない。
 なぜか。早い話が、あまりおもしろくはない、書籍化しても売れそうにないからであろう。しかし、実際に開業に携わっている立場からすれば、けっしてそんなことはない。おもしろくないどころか、むしろ興味深い背景を抱えながら、僕のところに依頼にやって来る。
まず思うのは、世間一般のイメージとはまるで違うこと。世間一般では、例えばデリヘルを開業したいと考える男性に対し、どのようなイメージを持っているだろうか。
「楽して金儲けができると思っている」
「アダルト産業が好き」
「元々、その業界にいた人たち」
 そんなところだろうか。もちろん、中にはそう考え、開業を決意する人もいるだろうが、実際は少数だ。現実には、誰も楽して儲けられるとはけっして思ってやいやしないし、元々は全く別の業界にいた人たちのほうが多い。

 そのあたりのドキュメントを一冊の本にしろと言われれば、ネタはいくらでもある。そもそも僕は、元は出版業界の片隅に身を置いていた人間だ。だが、今は守秘義務を背負う立場。書きたいけど書けないドキュメントを数多く眠らせているといったところだ。
 あえて述べるとしたら、まず感じるのは、そりゃぁ、誰だってアダルト産業ではなく、世間で言うところの「まっとうな」業界で生きていたいと思っているということ。しかし、今の時代、誰もが「中流」「ほどほど」に生きていけるわけではない。
されど金は常に必要だ。とはいえ、自分が身を置いていた業界では食ってはいけない。ならばどうするか。単純だ。業種変更するしかない。そこで、選択肢として挙げたのが、アダルト産業だ。

 就職すればいい? 冗談じゃない。ハローワークで募集している条件で家族が飯食っていけるのか。ハローワークで月給30万以上の仕事は悪徳か、さもなければ歩合をこなして初めてもらえる額だったりする。年齢不問というのも嘘八百。
 根気よく探すにしても、失業保険を貰える人はまだいい。世の中、失業保険を貰えぬ人もごまんといる(俺もそうだ)。ならば、手持ちの金が尽きる前に、その金を開業資金として何か事業を立ち上げたい、そう考えるのはものすごく「まっとう」な姿勢ではなかろうか(俺もそうだった)。
 そして僕は、そんな人たちが好きだ。だって、彼らは少なくとも自分自身の手でなんとかしようとしている人たちだから。みんな、頑張っている。不器用かもしれない。それでも、頑張っている。今夜も月夜を見上げながら。


One Old PunkOne Old Punk

After1964 After1964

Before2064Before2064